認知症が進行した時こそ面会に行くのを進める理由とは?介護8年目の筆者が語る

退院直後の祖母

親を施設に預けた知人が最近たまに「うちのおかん、認知が進んできてな、しゃべっても無反応やし、ご飯も食べられへんし面会行くモチベーションが保てへんわ」と愚痴をこぼします。 

私は、30歳過ぎから認知症祖母のシングル在宅介護を6年間週4回経験しました。 

そして、一昨年の1月認知症の進行で祖母は精神科病院へ入院し、現在私は週1回のペースで面会へ通っています。 

認知症が進行し終末期になれば「ほとんど会話が通じない」、「笑わない」、「食事ができない」、「寝たきり」など反応が少なくなります。 

加えて、本人が急に怒り出したり、泣き出したりし面会から足が遠のく介護者や家族も少なくないでしょう。 

しかし、私は本人の症状が進行すればするほど面会で奇跡が起きたのを経験してきました。 

現在、多くの病院や介護施設は新型コロナ感染予防で「面会禁止」や「時間制限」が設けられ、従来ほど本人と時間がとれません。

面会一部再開
面会一部再開

ですが、限られた時間の中でも認知症が進んだ時こそ家族が面会に行くのを勧めます。

その理由を体験談や識者の見解と共に書きますので参考になれば幸いです。 

「面会行って意味があるんか、問いかけた時も」 

私は、つい最近「祖母は面会に来てほしい」と思っているのかと感じた出来事がありました。 

祖母が私を忘れ始めたのが、精神科病院へ入る1年半位前でした。 

祖母には3人の兄弟(兄、弟、妹)がいましたが、兄と妹は他界し、弟は疎遠でもう何十年も音信不通。 

最初、祖母は私を「あれ、あんたしげこやったかいな?誰やったかいな」と言いはじめました。 

私は、「冗談きついわ。シンゴやんか」と言うと、祖母は「わかっとるがな、シンゴね」と笑いながら答えました。 

最初はたまに忘れるぐらいでしたが、徐々にペースが増加。 

そして、祖母が精神科病院へ入院し半年位は私をたまに覚える程度になりました。 

祖母は兄・弟・妹の名前と私を間違えて、ニアピン賞でしたが、ついに見知らぬ名前を言うようになりました。 

さらに、つい最近の面会で祖母は私に会うや否や「あんた、誰や。知らんわ」とまるで他人をみる目・・・。 

そばにいた看護士さんが「よく面会へ来てくれてるお孫さんのシンゴさんやろ」と言ってくれましたが、祖母は「誰?そんな人知らん」とブスッとした表情。 

もう私の記憶は全くない様子の祖母・・・。 

私が面会へ行くと、祖母は「寂しかったよ、会いたかったよ」と言わんばかりにほぼ毎回号泣していましたが、最近はその姿も見られません。 

それでも、祖母は私が食事介助し日にもよりますが、比較的よく口に入れていました。 

しかし、この日の面会は少し様相が違いました。 

祖母は私がコーヒーを飲んでもらおうと差し出すと、突然号泣。 

祖母の表情は、私に対して「嫌なことせんといて」と訴えているように見えたのです。 

看護士さんに祖母の様子を聞くと、「おばあさま、食べ物、飲み物の認識が難しくなってきて、口に入れるのがやっとなんです」と答えました。 

私が来ても祖母は笑わない、食べない、飲まない、泣くとなると、面会へのモチベーションが下がりました。 

「祖母が生きたいと私にメッセージ 

ところが先日、母親が祖母の元へ面会に行き、私に電話がかかってきました。 

何やら電話口の向こう側から祖母の声が聞こえてきて、まずまず機嫌がよさそうです。 

私が「ばあちゃん、元気にしてるか?」と言うと、祖母は「元気だよ」と笑いながら答えた後に奇跡が起きました。 

祖母は私に「頑張らなきゃいけない、頑張らなきゃ」と答えたのです。 

私は、嬉しさのあまり祖母になんと返したらいいか戸惑いつつ、「十分頑張ってるんやからな、頑張りすぎずぼちぼちな」と返しました。 

祖母は3か月前要介護認定をうけ、「要介護4」から「要介護5」になり、独語といってほとんど何を話しているかわかりませんし、会話も通じない中飛び出した一言。 

もちろん、母親がそばにいたり私が電話で話し祖母は気が張っていたことはあるかもしれません。 

祖母が懸命に「まだ生きたい」と願っているのに面会へ行く意味に問いかけ続けていた自分を恥じました。 

面会での奇跡はこの一度だけではありません。 

今年3月、新型コロナで面会禁止直前の出来事で、私が祖母にR-1ヨーグルトを飲ませました。 

私は、祖母に「R-1ヨーグルト美味しい?」と聞くと、突然「コロリンといかんようにせなな」と返してきました。 

祖母の思わぬ一言に私は「ばあちゃん、せやで。長生きしてや」と言ったのです。 

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「認知症末期まで感情は残り続ける」 

認知症介護研究・研修仙台センターによれば、「感情はあまり障害されず、かなり末期の段階まで残っています。例えばここがどこだかわからなくなっていても、ほんの少し前の出来事を忘れてしまっていても、悲しい、さびしい、嫌だ、うれしい、楽しいといった感情は、いつも感じています」と認知症の人は最後の最後まで感情は残り続けるといいます。 

また、公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問川崎幸クリニック院長の杉山孝博氏は「感情の世界はしっかりと残っていて、瞬間的に目に入った光が消えたあとでも残像として残るようにその時抱いた感惰は相当時間続くことを「感情残像の法則」と呼びます。 

さらに、杉山氏は「認知症の人の感情が鋭敏で変化しやすいことは、介護したことのある人なら誰でも経験している。注意したり否定したりすると、突然険しい表情になって、「うるさい。余計なお世話だ」などと怒り出すのは日常的」と指摘。 

つまり、識者の意見からすると、いくらボケが進行しても感情は残り続けていたので、祖母は私に「生きたい」とメッセージを発してくれたと思います。 

ですので、例え本人が終末期であっても家族が時間がある限り面会へ行くことできっとサインをうけとることができるでしょう。 

参照 〇認知症介護研究・研修仙台センター  https://www.dcnet.gr.jp/about/know03.php 

〇 公益社団法人認知症の人と家族の会 

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