認知症介護で大切な心のつながり 【みんなの介護連載231回目】

認知症

こんばんは、介護作家・若者・就職氷河期支援、メディア評論家の奥村シンゴと申します。

私は、30歳過ぎから6年間、認知症の祖母をほぼ1人で在宅介護をしました。

『おばあちゃんは、ぼくが介護します。』(株式会社法研)を昨年12月に出版し、紀伊国屋・ジュンク堂など全国の書店やアマゾン・楽天などネットで発売中。

本誌をはじめ読売新聞・共同通信・ヤフーなど多数のメディアに紹介、ジュンク堂書店ランキング1位、映画『痛くない死に方』でおなじみ長尾クリニック院長長尾和宏先生などが推薦、ぜひお読みいただけると幸いです。

↓認知症介護ユーチュバーの月原美由紀さんに著書をご紹介していただきました、34歳からお母様をお一人で認知症介護を7年続ける月原さんだからこそ介護者を明るく前向きにする動画満載。お母様がまた可愛い。今、若者の介護者「ヤングケアラー」が注目を浴びていますので、この機会にぜひご覧になっていただければ幸いです。

【書籍紹介】おばあちゃんは僕が介護します。男性介護者から学ぼう!
認知症介護Youtuber 月原美由紀さんから著書ご紹介

今回は、近著の内容に加筆し、「要介護者本人と介護をする家族が幸せな介護生活とは何か」というテーマで私の経験を基にお話しします。答えは十人十色で正解はありませんが、在宅介護などで悩んでいる方の参考になれば幸いです。

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「本人が生きたい、家族が生きてほしいと思う瞬間」

私は母子家庭で育ち、母親はガンやうつ病など病気がちで体重が30kg台と決して体が強くありませんでした。

ですから、祖母が20歳から大手電話会社で40年、その後嘱託職員で10年と計50年勤め、女性1人で私たちを養い、育てあげてくれたといっても過言ではありません。そんな祖母は負けず嫌いな性格で、それは介護の場面でプラスにもマイナスにも現れました。

マイナス面では、高齢者施設を職場と勘違いしているときがあり、利用者に「あんた、何ボケっとしてるの?仕事しなさい」と怒るときがありました。プラス面では、認知症の進行や加齢で歩行困難になっても、祖母は「車椅子は使いません。自分で歩きますからね。一緒に歩くわよ」と笑いながら私をよく喫茶店へ誘ってきたものです。

私は、「ばあちゃん、車椅子で行ったほうが怪我せえへんし安心やで」と伝えても、祖母は片杖で「ヨイショ、ヨイショ」と歩き続け、まったくお構いなし。

「祖母が懸命に自分の足で歩き、生きようとしている」姿勢に、私は「ヨシッ、ばあちゃん、ガンバレ」と応援したい気持ちになりました。きっと、ほかの介護者の方におかれても、要介護者の前向きな姿を見て、「もう少し在宅介護を続けよう」と思うことがあると思います。介護生活とは、きっとその積み重ねではないでしょうか。

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本人の価値観を尊重しつつ適度な距離を保つ

私は、できる範囲で祖母の価値観や思いを尊重した介護を心がけていました。祖母は、自立心が強い人ですので、「自分のことは自分でやりたい、ほっといてほしい」とサインを発するときがあります。

祖母と一緒に食事を終え、食器の洗い物をしようとします。すると、祖母は「私が洗うわね。あんたは部屋に戻って仕事をしていなさい」と優しく声をかけてくれるのです。祖母は戦時中を生き抜いた人ですから、私への思いやりと同時に、「家事は女がすべてやる」という意識が強いんです。

続きは、https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/home-care/no231/ をご覧ください。

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